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2017年12月4日月曜日

2017年12月4日2

は、またも、ジョルダンPhillip Jordan&ウィーン響、二回目をサントリーホールで堪能。曲はみなとみらいと同じベートーヴェンの第五運命とブラームスの交響曲第一番、略してブラ1。

まー、ブラ1は本当に素晴らしかった。会場で出会った加藤浩子姐と「ヤバイね!!!」と目と目で愛し合っちゃったぐらい。この曲、第1楽章のティンパニの四つ打ちにオケが階段状にせせり上がっていく「どう考えても、アノ時のエクスタシーの移し替え」疑惑が湯山近辺だけで囁かれているシロモノなのですが、そのキャッチーさは案外あっさり。それよりも終楽章に向かっての音像、音響設計が素晴らしく、「交響曲とはひとつの次元宇宙」というこれも湯山近辺で囁かれているドグマがバッチリ。もちろん、クラシックオケは人工物バリバリなんですが、こんなブラ1は、もはやどっかの森の一年とか、顕微鏡下の細胞分裂に近い。一部が全体、全体が一部という、とてつもないバランス。

その前が第五「運命」だったこともあって大べートーヴェンが確立したオケのスタイルを次世代のブラームスが音響的にその先を可能性を狙った、クラシック歴史あるあるが完全に腑に落ちたプログラムでした。

で、2回聞いたことになる「運命」ですが、私はこのジョルダンでベートーヴェンの政治意識をモロに喰らいましたね。 2楽章以降、何度も繰り返される金管の「意思や意識」と弦アンサンブルの「そうは言ってもさ」の情と気弱部分。強いのはいつだって後者(それを保守という)でも、それじゃ、人間イカンのよ、ということを「運命」はガンガン、意味でなくて音響の強度で伝えてくる。もっという言うと、「人間生きてりゃ、調子悪いときもいい時も両方あるさ」という波感、とかね。どちらにしても、楽曲の掴みが巨視的。そうじゃない、ミクロコスモスな「運命」もあるんでしょうな。

で、これにはシンクロがありまして、帰宅後、つらつらと見ていたNHKBSの「アナザーストーリー」の手塚治虫ブラックジャック編。このシリーズ、ひとつのテーマをそこに関わったそれぞれの仕事や立場の視点から証言していくという画期的なドキュメンタリーなのですが、手塚が晩年起死回生した名作漫画に通暁しているテーマと「運命」の表現がえらくフィットするんですよ。
手塚もペートーヴェンも、最終的に「人間愛」の人。人間の正気を信じるっていうヤツ。いやー、忘れていたなその感覚。

終わってから、加藤浩子姐と軽飲み。彼女のジャーナリスティックな情報と視線、感情とセンスの懐を借りて、談論風発。

またも、楽屋でジョルダンと。上記のごとくの思うことをバーっと言ったら、強くうなづいてくれた。爆クラ! ゲストにお呼びしたし。




 
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