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2018年9月19日水曜日

2018年9月19日


【今回は長文】@反田恭平の全国ツアーの最終を聴きに、安室奈美恵ラストライブに沸く沖縄を訪れた週末のわたくし。なぜ、沖縄❓! 追っかけなのか、反田の。違う違う。サントリーホールでのコンサートの時間間違えでアンコールしか聴けなかったので、自分に責任を取る形で(なんのこっちゃw)来たわけです。

反田君、デビューから見てて、一緒にトリノのバッディストーニ録音も立ち会ったというもはや、「先代の中村勘三郎は初舞台から観てるしさ」状態なので、ベートーヴェンの3大有名ピアノソナタ「悲愴」「月光」「熱情」8と14と23を通しでやるという、ヒット曲トライアスロンかよ! というようなこの仰天プログラムは見とかなきゃダメ、というやつ。

初っ端は、ベートーヴェン「創作主題による32の変奏曲」。この曲は初めて聴いたのですが、ちょっとベートーヴェンの多彩さというか、底知れなさ、謎を含んだ異様曲で、運指訓練のようなパッセージのループ変化球がwall of sound(音の壁)のように展開するという、ひょっとすると時空を超えて、現代音楽やテクノにも通暁するセンスがあるシロモノ。もちろん、音の粒立ちというテクニックが要求されるのですが、そんな誰にでもわかる技術はさておき、反田演奏は、フォルテ、ピアノを超えたなんとも言えない「中庸感」(映画「ガタカ」の空の色を思い出した)という、非常に感性&環境的な音の時間を作り上げてしまっている。

本当にびっくりした。つまり、この譜面ヅラを奏でる動作から想像できる世界のその先を行っている、というわけですよ。この「スモーキー」な境地は私の中に在り、反田の中に在り、そして、ベートーヴェンの中に在った「感性の同種」。と言いつつ、この曲、彼にしてもまだその先の演奏がきっとある、と思わせられたわけで、正直、今までピアニストでこの曲を弾きこなせた人間がいるのだろうか、という話。誰がクラヲタの方、教えてくだされ。

こういった感覚は、彼が弾いてきた十八番のリストやラフマニノフからは感じられなかったもので、居住まいを正しつつ、聴いた次のピアノソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」。誰でも一度は聞いたことのある超有名なメロを持つ第二楽章ですが、逆にこの曲はその「あまりにも完成され、つまり、感動が約束されたメロのために、演者も聴き手も想像力を固定されてしまう」という高い山脈を残念ながら反田君も超えられなかった、という感じですかね。

いや、それほど「悲しいほどお天気」といった風情のあのメロは強力。どんな弾き手のニュアンスをも吸引してしまう、まるでブラックホールのような恐ろしい曲ですわ。あと、このソナタ全般に感じられた、彼の頭の良さの部分。つまり「評論筋がこの曲について評価のポイントになるであろう部分」をも視野に入れている「知将」ぶりが頭をもたげてきましたよ。

ネクストは、ピアノソナタ14番え嬰ハ短調作品57「月光」。これまた超有名な第1楽章ですが、ここでの反田は、大抵の奏者がその節回しと音色に超命をかけるはずのキモである右手のメロディを「置くだけ」という素っ気なさで、逆に左手のアルペジオにモノを言わせるという解釈表現。コレが単なる「切り口の提示」ではなく、この曲のメランコリーを超えた「鬱っ気」を表現していて見事。それよりも第二楽章の打って変わった世界が、私には新発見で反田はそこから、およそベートーヴェンからは感じられることがあまりない、稚気やダンディズム、つまりシャバっ気を引き出しているのですよ。

ということは何か❓
そう、私たちは反田恭平、という媒介者いや堀り師(digger)を通して、ベートーヴェンという作曲家のあまりにも多様な音の沃野を再発見している、ということになるわけです。というか、私のクラシック音楽家の評価は、上手く弾く、テクがある、は当たり前で、弱音やフォルテの表現力も同様、それらを下敷きに、作曲家の楽曲が隠し持っている「境地=エンライトメント」と同調できるかどうか、という点なのですが、反田君、すでにそこに手をかけ始めたのか、と。ちなみにそういう意味で、ベートーヴェンという作曲家は別格なんですけどもね。

そしてそして、本当にマジでヤバかった最終曲ピアノソナタ23番ヘ短調作品57「熱情」。
前述した「知将」ぶりをかなぐり捨てた、というか、多分反田の感性と曲調がバッチリ合った集中と自由、そして怒涛の一楽章。そして、ほーーーーんとに驚いた二楽章。この楽章、一と打って変わって、一小節に四分音符二つ(ちょっと符点も入るけど)の単純和音が繰り返されて変奏されるという仕掛けなのですが、この音色から私の脳が感じたのは、言葉にすると「日常」。と、これでもギリギリの言語化で、先程「32の変奏曲」で際立ったスモーキーな中庸感とも違う、本当に人々の普通の生活、そのものなんですよ。

小津安二郎❓ いいや違うな。アレは理想化された表現としての日常ですからさ。そう、私個人が人生の中で過ごしてきた平凡な時間そのものの質量がクル感じ。そこで、皆お気づきのように、ペートーヴェンって、人間賛歌と肯定の作家であること。その世界はここまであまねく透徹されていたのか、という驚きですね。ヒューマニズムの器がデカイ。そして、反田が凄いのは、打って変わって、アルペジオの激情バリバリの第三楽章のちょっとした和音の中に、第二楽章で鳴らした「日常の音色」をそこだけ色を落とすように加えてくるところ。これって、一流のDJがミックスでやる高度なセンスなのですが、なんといってもこちらはピアノという楽器の演奏の連鎖の中でソレをやっているわけで、凄いとしか言いようが無い。

ふ〜。こういうコンサート感想は書いとかなくちゃ。お気付きの通り(アゲイン)最初からラストまで、聴き手であるこちらの全身全霊が、音と遊び、集中した一夜でした。

反田恭平24歳。30代になる頃には、絶対、世界の反田になってるな。マジで。早く、海外のエージェントにレペゼンすべし。

で、アフターは沖縄料理を泡盛で楽しんだあと、なんとボーリング大会。湯山、下手すぎで憮然の巻。


 
 


 
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