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2020年3月9日月曜日

2020年3月9日

もうすでに、一週間前に関係ホームページ等でお伝えしており、主宰者対応も始まっていますが、3月15日(日)に予定していました、岐阜県高山市民文化センターでのコンサート『湯山昭の音楽』は、延期になりました。中止では無くて、延期。しかし、素晴らしい演奏メンバー達のスケジュールの再調整や、「いったい、いつからgoになるのだ?! 」という先行き不明瞭のためまだ何も決められない、という状態です。でも、絶対に実施。よりパワフルに!!! ということでみなさま、もう少しお待ち下さい。

でもって、本来ならば、スケジュールセーブしていた今現在、ボッカリと空いてしまって戸惑っているわたくし。いや、本当はそうでは無くて、ここに来て、80台後半〜90代の義母や両親が転倒手首骨折やらいろんなことでもの凄くストレスフル。つまり、コロナと家の問題で、足が止まらざるをえないというわけ。花粉症も酷いしね。あー、コントロールできないことに、心が騒がない力を身につけたいなり。

そんなときこそ、内向すべく、小説三昧。いろいろ読んでますが、まずは、『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』。高級マンションに住む13歳の美しい文学少女が、国語教師から性的虐待を受けていという内容だが、これが処女作かつ自伝的小説。(しかも、刊行2か月後に著者が自殺!!)。こういったテーマの場合、性暴力に抗えない弱者の悲しみと痛みと傷が中心になるとは確実で、それゆえにクリシェになってしまうキライがあるのですが、この作品は違ったね。

なぜなら、文体の主語や視点がグラグラしていて不明瞭、感情輸入を拒むところがあるのです。(ここに関しては翻訳者が、原文のママ、と後書きで釘を刺してました)普通人間の感情は、落としどころを見つけて収まるのだが、それがこの小説では浮遊する。しかしですよ、だからこその、不安定感や剥き出しの心の状態が、断罪すべき性暴力を容認してしまう社会全体への絶望としてが、鈍痛のようにコチラに感じられるというわけ。ノーベル賞作家のイエリニクが3.11に際して書いた「光のない」を思い出しましたよ。急速な経済発展の東アジアのダークサイドスケッチとしては村上龍の『テニスボーイの憂鬱』も同根。

村上春樹翻訳、マーセル・セロー著の『極北』。山岳モノ、そして、ウォーキングデッドなどのサバイバルモノが大好物のわたくしの食指が延びた一冊。主人公にあっと驚くネタバレがすでに前半であり、映画化されそうな作品。やっぱ「女」なのよ。
 
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