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2013年1月3日木曜日

爆クラ 第19夜は1.16(水)ゲストはゲームクリエイターの飯野賢治さん「 クラシックとその物語性について・・・・」



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クラシック音楽をクラブの爆音で聴く「爆クラ」。2013年の最初のゲストは、ゲームクリエイターの飯野賢治さん。

90年代半ばのゲーム業界で、ハイクオリティーな映像と映画を意識した構成が話題となりたヒット作『Dの食卓』をはじめとして、音だけでプレイする『リアルサウンド~風のリグレット』など、世界のゲーム業界を激震させてきた飯野さんは、実は、少年時代にブラバンで金管楽器をてにしたときからの大のクラシックファン。ゲームに映画や音楽、そして哲学的概念も取り入れて独特の表現を作ってきた彼とともに体験する今回の爆クラは、クラシック音楽に込められた「物語性」を追究していきます。

クラシック音楽には、定番の構成手法があります。たとえば、ソナタ形式。最初に序奏があって、その後に最初のテーマメロが出てきて、展開して、もう一回テーマメロが再現されて、エンディングを迎えるといったような構成は、小説や物語の世界でよく言われるところの、起承転結にかたちが似てもいます。
「人は何に感動するのか?!」という問いに関しては、いろんな分析がありますが、神話として残されているものの共通点などを考えると、「人が見たり聞いたりするときに必ず納得する」展開というものが確実にあるのだろうと思います。ゲームクリエイターとして、その奥義を扱った飯野さんによる、「物語性から見たクラシック」というお題。2013年の初頭から、これ一冊、本になりそうな高密度の一夜になりそうな予感ですよ!

教養としてのクラシックではなく、ドミューンに親しんだクラブ耳を持つ人にこそ体験し てほしい、この爆音音浴。生演奏がデフォルトだけれど、録音とオーディオという現代の テクノが入ってこその、音と脳と身体とのセッションを堪能して下さい。

●プログラム(予定)
ベートーヴェン、第九
チャイコフスキー、4番
レスピーギ、ローマの祭り
ベルリオーズ、幻想交響曲
レスピーギ、ローマの松
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湯山玲子presents
爆クラ <第19夜>「 クラシックとその物語性について・・・・」
1月16日(水) 音楽実験室 新世界【六本木通り沿い。西麻布と六本木の間、ディスコa-lifeの並び】
door open 19:15 start 20:00

 料金;¥3,000+ドリンクオーダー 
¥1,500+ドリンクオーダー(学割)
予約をぜひ! 
ゲスト: 飯野賢治(いいの けんじ)
ゲームクリエイター、ミュージシャン

1970年生まれ。小学校5,6年の時に作ったゲームがコンテストで入賞するなど、早くからゲームクリエイターとしての才能を発揮。95年に発表した「Dの食卓」が全世界で100万本のセールスを記録し、「マルチメディアグランプリ95通産大臣賞」を受賞。97年には画面がなく音だけでプレイするゲーム「リアルサウンド 風のリグレット」を発表して話題となる。2009年には、Wii用アクションゲーム「きみとぼくと立体。」の企画とディレクションを手がけている。福島第一原発事故後に、ブログで発表したテキストが話題となり出版されるに至った「息子へ。」(幻冬舎)など発言者としても注目を集めている。

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2012年12月10日月曜日

爆クラ第18夜「はじめてのクラシック 大谷能生洗脳篇」12.13(木)。


 

今回は年末総決算ということで、原点回帰。ここで改めてクラシック音楽入門篇をやってみたいと思います。


ゲストに、『貧しい音楽』や、菊地成孔との共著、共演、相対性理論等のアルバムや、演劇やコンテンポラリー・ダンスとのセッションでも名高い、批評家、音楽家の大谷能生さん。

自称「クラシック音痴」の彼をいかに宗旨替えできるか?!

一言で”音楽好き”といいますが、その実情はさまざま。歌詞とメロディーの妙に感動するという人もいれぱ(日本人に多い)、レゲエ以外はどうも物足りないという人もいる。 とはいえ、音楽好きのみなさんは、たいがいジャンル越えをして自由に音楽をセレクトしているのですが、クラシックになるとちょっと、別格埒外と考える人も多いのです。

ジャズやポップス一般に精通し、共著でマイルスの研究本もある大谷さんは、ご自身の言によると「クラシック音痴」。 「実は基本的にクラシック(特に交響曲)は苦手。コンサートもちゃんと行ったことない。 現代曲で好きなものは沢山あるけど、基本的に珍奇で高貴な発明品を見てるような感覚で聞いている」というタイプ。

爆クラも18回目、車の免許が取れる年頃になったので、ここはひとつ今までのレパートリーそのほかから、ジャズ耳、クラブ耳、文学脳、エトセトラに波長が合うはず、または、その逆でこれだからダメなんでしょ的なの曲たちを大谷さんに聴かせて、はたしてどんなことになるのか?

また、それによって、クラシック音楽がなぜ、リスナーを限定してしまうのか?   大谷さんをはじめとして、世間一般の”音楽好き”から距離ができてしまうのか? というそもそもの理由についても、考えていきたいと思っています。
選曲は当日のお楽しみですが、
絶対にプレイするシロモノとしましては

ラヴェル「ラ・ヴァルス」

教養としてのクラシックではなく、ドミューンに親しんだクラブ耳を持つ人にこそ体験してほしい、この爆音音浴。生演奏がデフォルトだけれど、録音とオーディオという現代のテクノが入ってこその、音と脳と身体とのセッションを堪能して下さい。

12月13日(木)
音楽実験室 新世界

開場:19:15、開演:20:00

料金:¥3,000+ドリンク代
学割/¥1,500+ドリンク代料金(学生証を受付でご提示ください)
※ぜひ新世界にご予約を!
http://shinsekai9.jp/ticket/

106-0031 東京都港区西麻布1-8-4 三保谷硝子B1
Tel:03-5772-6767 Fax:03-5772-6797
info@shinsekai9.jp
http://shinsekai9.jp/



●●プロフィール
ゲスト 大谷能生(おおたによしお) 1972年生まれ。批評家、音楽家。 96年~02年まで音楽批評誌「Espresso」を編集・執筆。以降も、菊地成孔との共著『憂鬱と官能を教えた学校』(河出書房新社刊)や、単著の『貧しい音楽』(月曜社)、『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』(メディア総合研究所)を上梓するなど、積極的に執筆活動を行う。その傍ら、音楽家としても精力的に活動し、sim、masなど多くのグループに参加。ソロ・アルバム『「河岸忘日抄」より』(原作:堀江敏幸)、『舞台のための音楽2』をHEADZから、『Jazz Abstractions』 をBlackSmokerからリリース。 その他、相対性理論との『乱暴と待機』、演劇やコンテンポラリー・ダンスの舞台などを含め、さまざまなセッションで演奏を行っている。 http://www.ootany.com/
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2012年11月21日水曜日

イェリネク3部作、「レヒニッツ」「光のない。」「光のないⅡ」「ゲイ・ロメオ」について



仕事に取りかかる前に、フェスティバル東京の他の演目総括をざっとやってみる。話題のノーベル賞作家、イェリネクElfriede Jelinek三部作は、もうダントツで新橋の各スポットを彼女の朗読が入るFMラジオの音声を聞きながらストロールする企ての「光のないⅡ~エピローグ? PortB」Kein Licht2/Port B。この街へ出よう系は、ヤン・フートがアート界で先鞭をつけ、飴屋法水なども行ったが、当て所が正しいととてつもない強度が生まれる切り札のひとつ。
 まあ、それだけわかっていても、今回、イエリネクElfriede Jelinekのあの跳躍が多く、主格が転倒し、脳のシナプスに去来する言葉を自動書記のように書いた難解なテキスト(震災と原発事故に触発された作品)を読むには、最高の演出。最初の指定場所はなんと、東電本社をはさんだビル谷間の小公園。そのベンチから午後の光に輝く本社と青空、スマホをいじりながら通り過ぎる若いサラリーマン、そして、自分の耳に届くテキストの三位一体によって、のっけから得も言われぬ情動に突き動かされてしまう。

原発事故を起こしたシステム自体の本拠地=サラリーマンワールドである新橋で選ばれたいくつかのビルの空室は、すでに昭和の香りを残しつつもはやノーフューチャー。そこに佇むだけで、体感として、「私たちが経済の繁栄と共に選んできたものの本質」がぐいぐい押し寄せて来るのだ。そうなると、イェリネクElfriede Jelinekの言葉は「自分の中に埋没しているたくさんの想いを引き出すトリガー」となり、その回路が回り出したとたんに、世界はまさに違う顔を見せてくる。

配られたポストカード地図の裏には、被災事故地での報道写真が印刷されており、そのシーンが新橋のいろいろな場所で再現されているという構造にもなっている。それは私たちが事故に対して情報のよすがにしていたそういった「事実を伝える写真や映像」は本当に事実を伝えているのか? ということなのだろうが、この部分は現場ではどうでもいく、挿話的に思えた。というか、場所の地霊とテキストと観客との一本勝負ですよ、これって。

 とはいえ、新橋という街は歩いてみると面白いねぇ。不謹慎にも、良さそうな寿司屋料理屋を見つけ地図にメモする私。こればっかりは、止められないんだよねぇ(笑)。

 第二次世界大戦末期、対独協力者だったオーストリアの伯爵夫人邸で、バーティーの余興として大量のユダヤ人虐殺があったという実話を元に描かれた作品をヨッシ・ヴィーラーの演出とドイツの役者で演じた「レヒニッツ」Rechnitz(Der Wurgeengel)は、字幕翻訳が「普通そういういい方を人はしないだろう」という硬いもので、ちっとも言葉を追えない。

と思いきや、バンフのコメントで翻訳者が「翻訳を解りやすくするとどんどん恣意が入り、違うものになってしまう」といったような危惧を述べた上の一種、批評的な方法だと知った。うーん、わかるけど、この舞台の場合はイェリネクの言葉は、記号のような了解のみでこちらとしてはよかった。役者がその言葉の意味を発する表情をこちらとしては捕まえたかった。

今回はイェリネクElfriede Jelinekありきでの話なので、先の報道写真の件と同様、演出側はそこにもうひとつ批評性という名のクリエイションを足したんでしょうねぇ。どちらにしても、目で追う字幕はキツく、本当はヘッドホン同時通訳がほしかったですよ。




あともうひとつ、そもそもこの芝居を日本でやることの今日的な意味は、もう、戦争犯罪ですよ。オーストリアは戦後、日本と同じように、戦争責任をあやふやに免れた国であり、ご存じ今、日本は竹島問題等でそのことの決着を迫られているからだ。これ、ドイツの俳優がそのユダヤ人虐殺の悪玉を堂々と演じているところに、彼の国の戦後処理の徹底さかげんが伺えると同時に、パンフにこのあたりの言及がひとつも無いのは、ちょっと面倒を避けたかな、という印象。

(地点)の代表である三浦基演出の「光のない。」Kein Lichtは、もし、今回の全体テーマが批評ということだったならば、最初に繰り広げられる、「私」「あなた」という役者たちによる言葉遊びのような長い呼びかけの導入から恐れ入った。というのは、イェリネクElfriede Jelinekテキストで繰り返される、この私という主格とあなたという存在は、いつも何を差しているのかが不明瞭だからだ。

いや、その前に先ほどの翻訳という意味で言えば、日本語での私とドイツ語のich、あなたとSieは感覚が違うし、そもそも日本語ではあまり主格を立たせない言語でもある。その翻訳問題を最初のシークエンスで露払いするセンスは素晴らしい。まあ、あと役者ね。あの長台詞と集中力はいったいどのようなメソッドによって可能なのかしらん。そして、もの凄い美術とライティング。本当に今、演劇回りに才能は集結していますね。

シンガポールのダニエル・コックDaniel Cockの「ゲイ・ロメオ」は、愛らしい舞台。ゲイである本人の日常を綴った小さい小冊子が配られ(これがまた雑貨っぽくてカワイイ)、そのテキストを指示の通り読みながら、舞台ではインタラクティブに映像やモノが展示され、ダニエルが観客に語りかけ、最後にデートした男性たちへのプレゼントとしてポールダンスを披露する、というもの。

ここに色濃くあるのは、個人的な「してもらって嬉しい。してあげたい」という根源的なコミュニケーションの熱量と信頼、そして快楽。筋が通った美しいバレエ。こういう信頼感と明るさは、ゲイのみなさん特有なもので、それはエンターテイメント商業演劇の通奏低音たるところ。ご存じの通り、それは批評の標的でもあるので、こういうタイプのパフォーマンスは、ゲイ、というニッチにしか花開かないのだな、と痛感。「ビッチの触り方」の著者としては、こういう表現をヘテロの女や男がやった場合に、どう変容するのか? を見てみたいものです。
 http://festival-tokyo.jp/





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2012年11月19日月曜日

2012年11 月19日 (月)


ボツドール「夢の城」の再演。いやー、演劇でこんなにカッコいい表現が可能なのかと、シビれた。このセンスと腕力は、ロックによく立ち現れるが、演技というこっぱずかしいDNAがある演劇では非常に難しい。コレを何で初演時に観なかったのかという大後悔に駆られた、時代と表現が切り結んだ最大級の傑作!!

ガングロ、センターガイ、オレオレヤンキーなど、最低な若者男女が共同生活する汚部屋での一昼夜の"様態"を現した無言劇なのだが、その設定自体はそこから読み取れるものがわりと簡単に想像できてしまう紋切り型。たとえば、日本お得意の閉塞社会も描けるだろうし、そこから、オウム真理教にも繋がる共同体の芽を見る、とかね。

しかし、この舞台はその"批評に対して安定的な設定"を超えて、観手に身体的とも言える想像力を喚起してくる。起きて寝て、排泄して、食べて、後はセックスセックス、そして、ちょっと働き、四六時中続くテレビゲームにマンガ。という行為が幾度となくリフレインされるのだが、それが演劇的な誇張ではなく、ひょっとすると、こたつにへばりつくだらだらした正月のような、我々の身体感覚の延長線上にその、怠惰で面倒くさがりやで、生きている喜びなど全くない荒廃した生活があることが、身につまされていくのだ。批評の多くはこれを世代論として安直に片付けるけれど、およそ、日本人全世代の内なる地獄ですよ。面白いのが、あの汚部屋動物生活がユートビアにも見えてきてしまうところ。まあ、3.11の日本がそういうことなのかもな、と。

こいつらの生活から、乱交セックスを抜いたら、このおぞましさは、日本の一般家庭じゃないのか、という山本直樹のマンガにもある視線の"一般化"が、非常にスムーズに行われているところは、素晴らしいの一言。演出家の三浦大輔さんはは非常に力量がありますね。ベルリン公演が大喝采だったというのもよくわかる。ドキュメンタリーの手法云々と評されているらしいが、私はウディ・アレンと似たものを感じた。どうしたら、観客は自然とこのツボに入ってくるか、ということを、非常に試行錯誤した上での技術と演出。

ラスト近くに女が意外にも布団の中でひとりむせび泣く、という問題シーンが出てくる。人間らしい感情が、唯一、表現された場面だが、彼女の役柄が唯一食事を作ったり、財布に大金を持っていたりする、唯一社会性のある太い存在だっただけに、「やっぱり女、世情に絡め取られるな」と思った瞬間、それを聞いて起きてしまった男ふたりが、スケートの滑りマネをするオチが圧巻。重くて深刻なことが大嫌いで遊戯性に逃げる男。これだけで、一大テーマのような男女の本質論がラストの方に挿話的に立ち上がり、それまでの本篇と同様の強度がある、という構成も、ラスト近くに謎の不協和音を残すマルティノンの交響曲(さっきたまたま、聴いていた)のごとくに超カッコよかった!!

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2012年11月9日金曜日

爆クラ <第17夜>「 クラシックにおけるグルーヴ問題」ゲスト:斎藤ネコ(ヴァイオリニスト、作曲家、編曲家)


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今回は、爆クラ始まって以来の大問題に挑戦します。


 それは、クラシック音楽におけるグルーヴ感、というテーマ。わかりやすいビートがある、ジャズやポップスと違い、クラシック音楽には、一般的にはあまり”ノリ”のようなものが存在するとは思われてはいません。しかし、ご存じウィーンフィルが、ヨハン・シュトラウスのワルツを演奏するときには、レゲエもびっくりの過激な突っ込みを披露するがごとくに、名演奏家と呼ばれる人々の演奏、そして楽曲そのものには、独自の”間”やドライブ感といったような、いわゆるグルーヴ感覚が確実に存在しているのです。

 最近はジャズでもクラシックでも、ヴィルトーゾ(超絶技巧)流行りですが、技に耽溺するととたんに薄まっていくのがグルーヴの宿命でもあり、現在の心ある演奏家たちは、いろんな形でその両立を図ろうとしていますが、これがなかなかに難しい。グルーヴはすなわち、味であり、ゆらぎであり、個性でもある。

 昔はこんなにグルーヴィーな演奏が在った、という例から、「コレじゃダメでしょ」という例まで、クラシック畑ながらポップスにも通暁する豊かな音楽経験を持つ、斎藤ネコ氏とともに、クラシック音楽を”グルーヴ”という観点から紹介していきます。

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Yuyama Reiko presents
爆クラ  <第17夜>「 クラシックにおけるグルーヴ問題」

11月13日(火)

音楽実験室 新世界【六本木通り沿い。西麻布と六本木の間、ディスコa-lifeの並び】

door open 19:15
start 20:00

料金;¥3,000+ドリンクオーダー
¥1,500+ドリンクオーダー(学割)

予約をぜひ!



ゲスト
斎藤ネコ(さいとうねこ)
1959年5月29日生まれ(B型)東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。数多くのCM音楽や、アーティストの作曲、編曲、アルバムプロ デュースなどを手がける。守備範囲はクラシックからハードロックまで 幅広い。おじいさんになっても子供でいられるような人生を目指し、飲酒鑑賞に 適した音作りを心がけている。多分.....。2009年4月からNHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」 のオープニングテーマ、人形劇等の音楽を担当し ている。
主な作品・・・新国立劇場「城」、世田谷パブリックシアター「審 判」、シアターコクーン「黴菌」、群馬交響楽団「100万回生きたねこ」、南こうせつ「CONCERT IN 武道館」、椎名林檎「Ringo  EXPo08」、齊藤美音子・独舞「てすり」日本作編曲家協会元理事 日本音楽著作権協会正会員ホームページ:http;//saito-neko.com
最近NHKテレビ「おかあさんといっしょ」9月の歌「雲の手紙」、NHK教育テレビ「POZZIE」、ドラマ「イマジン」(関西テレビ系)、 志太のミュージカル'99「TREASURE」、合唱曲「ピアノの音」、住友VISAゴールドカード、フォルクスワーゲン「パサート・ワゴン」他、CM音楽多

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2012年10月4日木曜日

爆クラ第16夜「父と娘の音楽 ~湯山昭」10.17(水)。ついに父娘対談です。



湯山昭ホートレーと
芸術家とはつねに自分に耳を傾け、自分の耳に聞こえたことを、自分の心の隅に素直な気持ちで書き留める熱心な労働者である。 
ドストエフスキー


今回はゲストに、実父である湯山昭が登場。およそ、この日本でピアノを練習したほとんどすべてのお子さんと大人御用達の曲集『お菓子の世界』(何と現在までで135版を刷新! )をはじめとして、合唱曲、童謡などのいわば、日本の「クラシック・リアル大衆分野」で活躍し続けている父・昭とのトーク&リスニングの夜です。

「子どものための」とうたわれてはいますが、ドビュッシーやバルトークを彷彿させるような複雑系。キャッチーでリリカル、そして都会的なメロディーが魅力的な湯山昭の音楽。

思えば、私が生まれる前から、そして子ども時代にいつも家中に鳴り響いていたのが父の音楽であり、気がつくとその「音楽」が、席亭自らのすべての芸術表現に触れる時の基準になっているという事実。(バート・バカラックを同根として、フランス近代音楽は兄弟姉妹、民謡ならばホーハイ節、といったような…)

男声合唱の恐るべき官能性と暴力性が表現された『ゆうやけの歌』、個性ある楽器のぶつかり合いに、クールと幽玄が立ち上る『マリンバとアルトサクソフォンのためのディベルティメント』、フォーレもかくやというメロディーの嘆美に酔える「 ヴァイオリンのための『小奏鳴曲(ソナチネ)』などが、ぜひ、爆音でプレイしてみたい湯山昭の世界。

参考資料↓
マリンバとアルトサキソフォーンのためのディベルティメント

こんな美形パツ金がふたりで、と思わずひっくり返っちゃった。ちなみに、レコーディング時のサックスは渡辺貞男で、小学5年の私は強力に彼を推した記憶がある。レコーディングスタジオに遊びに行きましたねー。


ピアノ曲集「お菓子の世界」より「バウムクーヘン」
圧倒的に人気の曲。お子さんから、大人まで、いろいろアップされている中で、出色の演奏。

混声合唱とピアノのためのバラード「コタンの歌」から「船漕ぎ歌」
 
バルトークっぼい。湯山家ではいつもこれがかかっていたなあ。

 その音楽の魅力を、クラブミュージックもロックもこの身を通ったオトナになってから分析すると?  という批評に加え、家の中にひとり作曲家がいる、ということは、どういうことのなのか、という評伝的興味までを語り、たっふり聴いていきます。

教養としてのクラシックではなく、ドミューンに親しんだクラブ耳を持つ人にこそ体験してほしい、この爆音音浴。生演奏がデフォルトだけれど、録音とオーディオという現代のテクノが入ってこその、音と脳と身体とのセッションを堪能して下さい。

●予定の曲目たち
 ・男声合唱「ゆうやけの歌」 
・混声合唱とピアノのためのバラード「コタンの歌」 
・マリンバとアルト・サクソフォーンのためのディヴェルティメント
・子どものための交響組曲
・女声合唱とピアノのための組曲「葡萄の歌」 
 ・女声合唱「愛すること」
 ・ピアノ曲集「お菓子の世界」
・童声合唱「四国の子ども歌」
・声楽「子供のために」
・ ヴァイオリンのための『小奏鳴曲(ソナチネ)』
・童謡「あめふりくまのこ」


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Yuyama Reiko presents
爆クラ <第16夜>「父と娘の音楽 ~湯山昭」

10月17日(水)

音楽実験室 新世界【六本木通り沿い。西麻布と六本木の間、ディスコa-lifeの並び】

door open 18:15
start 19:00
*ゲスト高齢のため、通常よりも一時間早い開始となります。

料金;¥3,000+ドリンクオーダー
¥1,500+ドリンクオーダー(学割)

予約をぜひ!

106-0031  東京都港区西麻布1-8-4  三保谷硝子B1
Tel:03-5772-6767  Fax:03-5772-6797
info@shinsekai9.jp
http://shinsekai9.jp 

ゲスト
 湯山昭(ゆやまあきら)
 1932年生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科に入学。池内友次郎に師事。在学中よりNHK・毎日新聞社共催の音楽コンクール(現在の日本音楽コンクール)に連続して入賞し頭角を現した。主な作品に芸術祭大賞を受賞した合唱組曲「コタンの歌」や「マリンバとアルトサクソフォーンのためのディベルティメント」などがあるほか、「あめふりくまのこ」「おはなしゆびさん」に代表される多数の子どもの歌があり広く愛唱されている。また、現在135版という楽譜セールスでは比類の無い売り上げを記録しているピアノ曲集『お菓子の世界』をはじめ、多くの合唱曲などを通じて、クラシック音楽分野において、最も人々に愛された楽曲の数々は、フランス近代音楽の香気に満ち、斬新で都会的なメロディーラインと、リズム感覚に溢れている。2003年、旭日小授章・20121月には、ウィーン楽友会館ホールにて、湯山昭作品の個展演奏会が行われた。





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2012年10月1日月曜日

2012年10 月 1日 (月)


先週末の菊地成孔 ペペ・トルメント・アスカラールinすみだトリフォニーホール。結論。もうもう、このユニットは湯山の大好物。ウォン・カーウァイの「欲望の翼」やベルトルッチの「ラストタンゴ・イン・パリ」の手触りを音楽のみで表すならば、現時点で最強布陣。この手の美意識軽音楽は、「もう、ここでそのまま毎回鳴っていてくれればそれでよし」という閉じた世界で先鋭化して行くのが常で、もちろん、私もそれで充分と思っていたのだが、さすがに勝ち気なナルちゃんだ!  今回、キップ・ハンラハンの手になるもの凄く直裁にエロい素晴らしい歌詞と美メロの新曲に、シミラポの若い兄ちゃん(黒人とのハーフかいな?)のフレッシュな身体と肉声を得て、密室の秘め事のカーテンを破って、これまた私好みの闇夜のアオカン分野(何のこっちゃ)に、その快楽の触手を広げましたぜ。菊地成孔が一貫して追求してきた、ボリリズムが"ペペ"バージョンとして炸裂した後半は、ストリングスとハープのレゾナンスの美を片っばしからリズムが蹂躙し犯していく、バタイユ上等! な快楽が深淵を覗かせる。ああ、この先を見てみたい。ちなみに、今回、鳥越啓介のベースの上手さにも驚愕。すみだだからきっちりと聞き分けられたのだが、手数が非凡でグルーヴィー。そして、そのたぎる心身を、錦糸町はタイ料理の名店「ゲウチャイ」のこれまた大好物の激辛ナムウンセンで慰めたのでした。

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