しっかし、その邪推は冒頭部分で霧散。そして、ごめんなさいっ。凄い、凄すぎる!!!! 日本初演の「マネキン オーケストラのためのタヴロー・ヴィヴァン(活人画)2014-2015MannequinTableaux vivants for orchestra」は、作曲家がホフマンの「砂男」と「ダンス」をモチーフにした楽曲ですが、チェレスタとチューブラーベルズ(たぶん)のキラキラが崩れるような音像(まあ、これ系はメシアンの「峡谷から星たちへ」など湯山好みなんですが)に、弱音弦のwoven like(織物)なサウンドが揺らぎながら大量に乗っかっていき、時の移ろいとともに、ブォーンというチューバーの咆吼とティンパ二の大炸裂が切り込んだり、何の楽器かわからなかったのですが機関車のドップラー効果みたいな音が交差していく、という展開は、現代音楽によくありがちな「アイディア盛り込んでみました」的なものではなく、まるで、スウェーデンの豊かな自然の中に核戦争のイメージが入り込む、タルコフスキーの「サクリファイス」のごとく。つまり、「物語にかたられるほど実は紋切り型ではない日常(自然)」のような世界観がひろがっていくのです。サイモン・ラトルが彼女の楽曲を多く取り上げているということで、私の中のサイモン株も急上昇(ほら、年末のベルリンフィルのバーンスタインで湯山的に株を下げたからね)
2楽章はもっと独創的で、ベースと低音パートがドクドク、ドクドクといったような独特なリズムパッセージを奏でるなかに、ストリングスが入っていき、ポリリズムが差し色のように顔を出し、そして、何だかハウリング音のようなノイズが弱音で常に響いているという。まさに、わたくしが29日にヴォルコフ氏と語るはずだった「オーケストラの音響は今後どこまでいけるのか」という回答がもう、すでに彼女の曲の中に全てあったわけですよ。
いやー、今現在、クラシック音楽、交響楽を作曲する、という必然があるのは、彼女級の才能がないとダメだろうと、ね。メロディーメイカーならば、ポップス行けばいいし、電子音楽ならば稼げる道はいっぱいありますからね。
ウンスク女史(桂銀淑と同じ名前ですね)は、なんと弟子に厳しかったことで名高いリゲティの弟子で、徹底的にしごかれたのだという。(その叱責の中には、「現代音楽あるあるの民族出自を使ったヤツは禁止だァ)というのは絶対にあったはず。ウィキにはその反対のことが書いて有るのだけれど眉唾)そこでくじけなかったのが彼女であり、その彼女の突破口になったのが電子音楽との出逢いだったというくだりをイントキ再読で知り(スマン)、もうもう、してやったり。
不肖、わたくしめが日本公演をプロデュースした、デトロイトテクノの世界的DJ/プロデューサー、ジェフ・ミルズJeff Millesは電子音楽側からのオーケストラ音響の試みでしたが、彼女は電子音楽の「音の自由さと可能性」に創造の翼を与えられ、それを我が身にたたき込んだクラシックの管弦楽ナレッジに落とし込み、結果、とてつもないオーケストラ音響の楽曲を作り上げている、という。
「チェロ協奏曲」も名曲で、こちらは、音数を抑えたモノクロームの肌合い。オケ全体がドミソのトニックでガーンとなったその音像の中からチェロのソロがやわやわ立ち上がるところでは鳥肌がたちましたよ。電子音楽的と言えば、ミュートトランペット使用部分は、まるで通称「音が引っ込む」DJのミックステクニック、そのまんま。
それにしても、これまでに周囲のクラオタから彼女の楽曲の凄さについての情報が全く入ってこなかったところに、このジャンルの難しさがありますよね。
そして、指揮のヴォルコフ氏。楽屋で会ったときに「チン・ウンスク凄くないですか?」でのっけから盛り上がってしまったのですが、意外にも彼のスタイルはノリノリパッション型ではなく、シカクをきちんと振りつづけるスタイル。それであの、交響曲「マネキン」をつくりあげるのだから、もう、質問は山ほどですよ!!!
ふ〜、久しぶりに興奮して書いてしまった。もう、今日から、不肖湯山、ウンスク・チンUnsk Chin女史、おっかけるからさ。(この日、サインもらったんですが、写真を忘れたバカな私)
29日の爆クラ! 本当に楽しみです。みなさんもぜひ。






