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2018年12月17日月曜日

2018年12月17日


いやー、2018年の最後に凄いシロモノを聞いてしまいました。下に善太クンも書いているように、ハーディング指揮のパリ管弦楽団によるマーラー交響曲一番「巨人」。

先にベルクの名曲(湯山的に好物の)、ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」をイザベル・ファウスト嬢の"引き"の名演を聞いて、幽玄に浸っておった矢先に真打ち登場。

オケの素晴らしい演奏の常なのですが、もう、最初の「音出し」からすでに「音の場」が立ち上がってしまうのはもとより、空間に全く隙の無いこの曲の磁場が轢かれていくのに10秒もかかっていないんですよ。(これ、実は一流DJのブレイと一緒)

マーラーの交響曲はすべて「思考し続ける体力ありきの情感」であるというわたくし自身のツカミがあるのですが、まさにそのとおりの演奏。しかし、この「巨人」という曲、例の「カッコウ」の深い森の豊かな広がりも、2楽章の何だかパロディみたいに快活な3拍子のパッセージも、俗謡のカノンの八ツ墓村的な不気味感も含め、気迫がない指揮者がやると、いや、普通の指揮者がやったとしても散漫になり、「マーラーって分裂病的だよね」的な感想を引き出してしまいがちなのですが、今回はその一つ一つが、生物のいろんな所の細胞のように同じ血が通う律動感があったのです。(まー、この曲、このハーディング×パリ管クラスの演奏じゃないとダメってことがよーくわかりました。

ハーディングの心の中にある「音楽=マーラーの巨人」を、オケメンバーが共有し、それは私の心の中に在る「音楽」でもある、という、すべての一流芸術がもたらしてくれるよろこびを堪能した時間でしたよ。

いやー、パリ管、いいバンドだわ(最近、映画のクィーンを観ただけに・・)。そして、自分のエゴ的な"表現"ではなく、マーラーを身体に入れるがごとくの咀嚼でもって、音楽をつくっていくハーディングに一票!!!

ちなみに、マーラーのこの曲、ベートーヴェン的でもある。つまり、霊的及びファンタジーに逃げないリア充のグランディング感。手塚治虫っぽいんだよなあ。

爆クラのゲストに絶対にお呼びしたし。そうなったら、「巨人」だけのテーマでやっちゃっても可。

写真は御大ダニエル・ハーディング。札幌で雪に滑って足首骨折。椅子に座っての指揮でした。


 
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